愛があるからこそ怒るのです。世間の無知さに、自分の無力さに。

三浦綾子さんの「塩狩峠」や「氷点」を読んで衝撃を受けました。
今では人生のバイブル的な存在です。

物語の登場人物でキリスト教の人がたくさん出てきます。
それはそれは穏やかで深い愛情を持ってます。

特に塩狩峠の主人公は凄い。
聖書に書いてある言葉をとことん貫き通します。

「右の頬をぶたれたら、左の頬を差し出しなさい」
とばかりに酷い仕打ちを受けてもめげることなく前進します。

こんな人たちが世の中にはいるんだなぁと
学生時代からキリスト教の方々を尊敬していました。

度々このメルマガに登場する友人、都城高専講師の
吉井千周さんはクリスチャンです。
当然のごとく愛情(とユーモア)に満ちあふれた人です。

しかし、彼は「私の持つクリスチャンのイメージ」と
少し違っていたのです。

 

島中星輝
島中星輝

とにかく彼は怒るんです。

それも烈火の如く。

 

彼の話(怒り)を聞きながら、
キリスト教の人にもこんな人がいるんだなぁ、
考えてみたら当たり前だよな、人間だもんな~
と浅はかにも考えてしまいました。

彼に聞いたところ、「右の頬をぶたれたら~」という言葉は
本来の意味はまるで違うそうです。

まぁ、それはご自分で調べていただくとして…

実は私、かなり怒っています。
しかも、烈火のごとく。

 

 

愛があるからこそ怒る。
世間の無知さに、自分の無力さに。

 

一週間前の休日に鹿児島まで行ってきました。
親戚のお見舞いなんです。

福岡に住む従兄弟のお姉ちゃんの娘が
鹿児島病院に入院してもう3ヶ月が経過します。

私は家庭の事情もあり中学~高校時代の4年間を
長崎県壱岐市の母方の親戚に預けられて育ちました。

その家には従兄弟たちがおり、本当の子供・兄妹のように
愛情を持って私を迎え入れてくれました。
おかげで私も非行に走る事なく、花の青春時代を
ブクブクと、いや、スクスクと育ったのです。

兄妹同然に育った従兄弟のお姉ちゃんが鹿児島まで
来ているのであれば、そりゃもちろん車を飛ばしますよ。
ましてや娘が入院しているとなれば余計です。

娘は17歳。
10年くらい前、小さい頃に一度会ったっきり。

キャッキャッと笑い、走り回っていた詩菜は
いま車イスに乗っていました。

「子宮頸がんワクチン」というのはご存知でしょうか。

がん予防のために接種したワクチンが原因で
副作用が出たようなのです。

今でこそ少し安定していますが一時は首が据わらず、
手も動かず、…時には意思とは関係なく激しく動くため
ベッドに縛り付けられ、24時間病室で、
おむつをつけて過ごしていたそうです。

当時は原因もわからず、どんどん変化していく自分自身の
身体の変化に耐えきれず、モノに当たり、自分に当たり、
母親に当たり…

青春真っただ中の、17歳の女の子が、です。
つい数ヶ月前まで元気に走り回っていた子が、です。

車イスに乗り、けなげに笑う17歳の女の子。

その状況を目の当たりにすると怒りがわいてくるのです。
ギリギリと心が苛立ってくるのです。

 

島中星輝
島中星輝

何について私は怒っているのか。
悔しいことに自分自身でもよくわからないのです。

 

私の怒りの矛先は
ワクチン接種をした医者か、自治体か、国か、制度か、
それとも無知で何もできない(しらない)自分自身にか。

私に動けることがあれば動きたい。
でも何をどうすれば、何が解決できるのか光も見えない。

 

いま出来ることは定期的にお見舞いにいくこと。
子供たちを連れて行き、いつも通りの笑顔で接すること。

そして、詩菜のような副作用を起こす子を増やさないこと。
彼女のことをせめて私の周囲だけにも知ってもらうこと。

薬とかワクチンとか詳しいことはわかりません。
でも知らないことで危険が及ぶようなら情報発信しないと。

 

複雑な思いで鹿児島から帰ってきた時に思い出したのは
吉井千周さんの存在でした。

彼の持つ怒りのマグマは、もしかしたら私が体験した、
この何とも言いようのない感情と同じだったのかもしれません。

愛があるからこそ、怒るのです。
 世間の無知さに、そして自分の無力さに。

───本日はここまで。

 

知らないということがいかに罪深いかを知りました。

妻に確認したところ、うちの娘はワクチン接種をしていません。
有り難いことに妻は自分で調べ、判断してくれたのです。

「○○ちゃん達は受けるけど、私は受けなくていいと?」

娘が妻に聞いてきたようですが、
母親としての判断をしっかりと説明したようです。

もしも私が同じ状況だったら、学校からのお知らせに対して
何も考えずに子どもに接種させていただろうと思います。

ワクチンを接種したら全員に副作用があるわけではありませんが
それでも内容を把握して、自ら決断することが大切です。

これはワクチン接種に限らず、注射や薬に限らず、
さまざまな商品やサービスにも言えることだと思うのです。

いま私たちがこうして生きているというのは、
様々な決断の結果ということなのでしょう。

だからこそ、今日一日の生命が、あなたの存在が、
尊いと感じることができるのでしょう。

それでは、今週もはりきって参りましょう!!!

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